だめな川人足(かわにんそく)
この話は私が母から度々聞かされた話で真偽の程は分からないがちょっと面白い話だ。
祖父藤右衛門の青年時代、それは徳川末期だったがまだ参勤交代があったらしい。
金谷の宿を大名が通っても一里余も離れた切山では関係ない訳だが、参勤交代となると大所帯の移動になるので川越人足が不足する。
その不足分は近隣の村から百姓の若者を徴発した。
十五歳の百姓藤右衛門にその白羽の矢が当った。
さあ大変、村の者が心配して集まった。
「藤右衛門どん困ったのう」
隣の長作どんだの五作どんが自分の事のように案じている。
この役は交代だから断わる訳にはいかない。
「長作どんの時には良いお侍に当って良かった」
「藤右衛門どんやっぱりお金を何とか工面しにゃなるめえのう」
川越人足の出役になぜお金が必要か、百姓で素人の川越人足など大井川の水の中を歩くだけでも大変なところをお侍も肩車に乗せようものなら直ぐに見破られてしまう。
それも良いお侍に当れば難なく勤めて家へ帰れるが意地の悪い侍だと川の中程へ来た頃肩車の上で
「こら百姓そんな腰つきで乗っていられるか落ちるぞ、そら落ちるぞ。」
と足をバタつかせるし肩の上で動かれると足はスルスルするし、水の中へ落としでもしたら、その場で無礼打ちにされるかも知れない。
慣れない仕事ではあるし、そんな弱味が悪侍の眼の付け処だ。
「静かにしてもらいたかったら金を出せ」
これまではまるで反対だ。
ひどいヤツもあったものだ。
そんな時の為にちゃんと渡すお金をどこかへかくして居ないとこの役はつとまらない。
しかし、水飲百姓にお金などある訳はない。
そのお金を地主から借りればまた返す事が大変だ。
でも祖父藤右衛門がどんな侍に当ったか聞いていない。
しかし、何とか無事にこの大役を果たした事はたしかだ。